『優しい魂』シリーズ7ページ
『優しい魂』(不定期に掲載)
著者/Kenji Aso 2012年12月からのブログ投稿作品
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アイは病室に意識を戻した。辺りを見渡せば、そこは魂の世界とは対照的に実に静かな世界だった。
糖尿病患者のゴーも、骨折患者のニクも、目を開いて眠っているかのように、ベッドに横たわっている。
まだ魂の世界の中を走り回っているのだろう。
そこへ現れたのは、場違いな格好をした占い師のおばさんだった。
占い師のおばさんは病室に入ると、そそくさとユキの方へ近づいていった。
「やっと手に入ったよ、お嬢ちゃん。」
と言って、占い師のおばさんは、ユキの口元に小瓶を近づけて、何やら液体を飲ませているのだ。
「ワタシが悪かったよ。人を呪う品をあんなに買わせちゃってねぇ。
人を呪う者同士っていうのは、相性が悪いんだよ。だから事故に巻き込まれちゃったのさ。
意識を回復するかは分からないけど、これを飲んで目を覚ましてくれればいいんだけどねぇ。」
小瓶の中の液体をユキに飲ませると、占い師のおばさんは、しばらく彼女に話しかけていた。
「いったい、何を飲ませたんですか?」
アイは、占い師のおばさんに話かけた。
「あっちの世界が分かる薬だよ。もうじき、この娘はあんたんとこに行くからね。よろしく頼んだよ。」
「あっちの言葉が分かるようになるってことですか?」
「言葉だけじゃないよ、姿も見えるようになるからね。やっと知り合いのつてで手に入ったんだよ、この薬。」
「いいんですか?そんなことして?」
「良いも悪いもないだろう!この娘だけ何も知らないなんて、可哀想じゃないか。せめて好きな男ぐらいには会わせてやりたいのさ。それがどうしようもない男であってもね。
ワタシが散々遠ざけちまったからねぇ。」
占い師のおばさんは、どう見てもユキに対して特別な感情を持っているようだった。
「この娘がこうなったのも、ワタシがわるいのさ。せめてもの気持ちなんだよ。」
占い師のおばさんは、自責の念に駆られているように話続けた。
「あとはあっちの世界でやっとくれ。」
アイは、そんな占い師のおばさんの話を聞いて言い返した。
「それって無責任じゃないですか?どうなっても知りませんよ!」
「それでいいのさ!この娘がこうなってる以上ね。
ワタシも何かあったら助けに行くからさぁ。」
アイはその言葉を聞いて、少し心強く思ったのだろう。占い師のおばさんの話に納得するように、
「分かりました。」と言って、アイは優しいボクのそばへ戻って行った。
そして、占い師のおばさんも、またそそくさと病室を出ていくのだった。
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ユキの魂の目に、最初に見えたの壁だった。それから辺りを見回して分かったことは、自分がある部屋の中にいるということだった。
「ここはどこ?
なんで私はここにいるんだろう?」
ユキは独り言のように言った。ユキは少し前に、道路を歩いていた記憶しかないのだ。
そして、ユキはその殺風景な部屋のドアを開け、外へ出るための出口を探し始めた。
近くにあった階段を降り、壁づたいに 自分の勘の赴くままにユキは進んでいった。すると、熱を発している場所に辿り着いたのだ。
その先からは人の声も聞こえてくる。ユキは出口が近いと思った。
そして熱の発している場所を歩き始めて、ようやくユキは気がついたのだ。
「ここは私の気持ちの中だ!私の思いが沢山詰まってる!」
ユキはそう確信した。
それと同時に、自分の思いと向き合ったユキは、少し恥ずかしくもなったようだった。
それからユキは、壁のそっちこっちに貼ってある貼り紙にも気がついた。
しばらくその熱のある空間の中で、ユキは何かが書いてある貼り紙を読んでみることにしたのだ。
「キミにはボクが見えないみたいだけど、ボクにはキミが見えます。」
「ボクは、キミのことで頭がいっぱい。」
「ボクを忘れないで。
ボクはキミのことを愛してるからね。」
「もうボクはキミしか見えません。」
「扉を早く開けて…」
「昨日は美女達に誘われたけど、負けなかったよ。」
「今日の魔物は強かった。やられそうになっちゃった。」
「アイという心強い仲間が出来ました。一緒に今日も戦ったよ。アイはボクより強いんだ。」
「魔物達はいなくなったけど、何かあった?」
「なんでキミは泣いてるの?」
「今日も平和な一日だった。不審者なし。」
ユキは貼り紙のメッセージを読みながら、温かい気持ちになっていた。そして、ユキはどこか見覚えのある温かさに、懐かしさも感じていたようだった。
「これは誰が書いたんだろう?」
「私に伝えてるのかな?」
と、ユキは思っていた。
熱のある空間を通りすぎたユキは、いよいよ光が入り込んでいる出口へと進んでいくのだった。
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中に入ってくる光を受け止めながら、ユキが外に出てみると、目の前には、今まで見たことがないような世界が広がっていた。
そして、今出てきた建物の隣には、それと同じぐらいの大きさの城があり、その回りには岩を積み重ねて出来たような砦があった。
ユキは、ここは何かのテーマパークだと思ったようだった。
ステージでは踊り子達が踊り、その奥ではジェットコースターが走っている。人は込み合い、動物達も行き交っている。
その向こうではサーカスが催され、その横ではメリーゴーランドが回っている。そして所々には、色とりどりの小さな劇場があるのだ。
「ここはいったいどこ?」
ユキは思った。
しばらくユキが呆然と立ち尽くしていると、どこからか優しいボクが、花束を持ってやってきた。
「見えるようになったんだね!」
優しいボクは言った。
ユキは、フミという男にどこか似ている優しいボクを見て、
「あなたは誰?」
と尋ねた。
優しいボクはそれを聞いて、ショックを受けたようだった。
「ボクは…分かんない。アイちゃんは、ボクをフミ君って呼んでたから、たぶんフミだと思う。」
「フミって、やっぱりあのフミさん?もしかして、フミさんの弟さんなのかな?」
「ボクもよく分かんない。アイちゃんは、ボクが分裂してるとか言ってたけど。」
状況がよく分からない上に、よく分からない話を聞かされたユキは、余計何が何だか分からなくなり、
とりあえず、優しいボクから確かなことだけを聞き出そうとした。
「それじゃあ、あなたに聞きたいんだけど、ここはどこ?」
「ここはキミの世界だよ。」
優しいボクは言った。
「私の世界?これ全部?」
「そうだよ。」
それを聞いて、ユキは信じられなかった。
ユキが思い描いていた自分の世界は、こんなに華やかでもなければ、満たされてもいなかったからだ。
もっと地味な世界だと思っていたのだ。
ユキにしてみれば、あの可愛らしい建物が自分の世界だと言われたなら納得もできていたかもしれない。しかし、目の前に広がっている世界は、どう考えても、ユキの世界ではなかったのだ。
辺りを見渡す限り、ユキに興味のないものもいくつかあり、おまけにサーカスのステージでは、ユキがあまり好きではない動物が曲芸までしている。
ナマケモノがハチマキをして、玉乗りをしたり、火の輪っかの中をくぐり抜けたりして、なぜか他の足の速そうな動物達と競争しているのだ。
ユキにしてみれば、あり得ない光景である。
「ここは私の世界じゃないよ!」
優しいボクは、そう言うユキに構わず言った。
「ちょっと来てみて。」
優しいボクは、ユキの手を掴むと賑わうテーマパークの中へ、彼女を連れ出して行くのだった。
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アイが魂に戻った時、彼女は城の地下にある部屋で料理をしていた。
「私はこんな時に何やってるんだろ?」
アイはそう思った。
テーブルの上には、すでに二人分の料理が置いてあるのだ。
アイは階段を駆け上がり、表に出て優しい魂を探しに入った。
ユキが、もう目覚めているかもしれないと思ったからである。
アイは優しいボクを探している最中、ゴー達にも会った。が、ゴーもニクもおじいさんも、美女達の躍りに夢中で、話にならなかったのだ。
それからアイは、ようやく人混みの中から、優しいボクとユキの姿を見つけ出した。
二人は、小さな池の中で、白鳥のボートに乗って、どこへいくともなく楽しそうに浮かんでいたのだ。
これにはアイの神経も、さすがに参ったようだった。
「あの占い師のおばさん、私に頼んだよとか言ってたけど、私、どうすればいいの?」
アイはそうぼやいていた。
そして、二人の姿に呆れたアイは、ゴー達がいるイベント会場に戻っていった。
「なんかあったのかい?」
穴掘りのおじいさんは、機嫌の悪そうなアイに尋ねた。
「いや、ちょっと。」
アイは答えた。
「いやぁ~ここまで華やかになれば、きっとあの娘も胸騒ぎを起こして、目が覚めるんじゃないかなぁ。」
ニクはアイを見て、取って付けたように言った。
アイはそれを聞いて、それまでのわだかまりを解消するかのように言うのだった。
「彼女、もう目覚めてますよ!もうボートに乗って浮いてますから。」
そんなアイの発言に、美女達に夢中になっていたゴーも驚いたようだった。
「えぇ~。」
「あの娘、どこにいるの?」
ニクはアイに聞いた。
「あの娘って、意識不明になったって言う女の子のことかい?」
穴掘りのおじいさんは言った。
「意識が回復したのかい!そりゃ良かった。」
おじいさんは続けて言った。
「意識はまだ回復してません!」
「彼女なら、向こうの池にいますよ。フミ君と。」
アイは少し怒ったように言った。
他の人より愛情が深いアイでも、あの二人を思い浮かべると、嫉妬心で闇が広がってしまうのだ。
「見に行こうぜ!」
ゴーはニクにそう言うと、二人はユキを探しに会場を出ていった。
「その娘、もしかして私と同じ状態なのかい?」
穴掘りのおじいさんは、アイに尋ねた。
「えっ?」
アイは驚くと同時に、
「このおじいさんは自分が意識不明だってこと知ってるの??」と思った。
「もしそうなら大変だな、その娘も。」
おじいさんは言った。
「やっぱり知ってるんだ!」
アイはそう思った。
「おじいさん、自分のこと知ってるんですか?」
アイはおじいさんに聞いてみることにした。
「そりゃ知ってるさ。ここの生活は長いんだからな。」
おじいさんは言った。
「おじいさん!意識を回復させる方法ってないんですか?」
アイは尋ねた。
「それがワシもまったく分からんのだよ。それが分かったら、ワシも意識が回復してるからなぁ。」
おじいさんは答えた。
「そうですかぁ。」
アイは少し落胆したように答えるのだった。
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しばらくすると、ゴーとニクがアイ達のいる会場に戻ってきて言った。
「あの娘、あの池には居なかったよ。」
「違う所で遊んでるんじゃない?」
アイは言った。
「これだけごちゃごちゃしてると、探すのも大変だなぁ。」
ゴーは言った。
「そっとしてあげたらどうです?」
アイは二人の男達に向かって言った。
「…それもそうだな。俺達が騒いでたってしょうがないもんな。
なっ。」
ゴーはニクに同意を求めるように言った。
その頃、優しいボクは俺という男の世界の中に戻っていた。
ユキが、フミつまり俺という男の世界に行きたいと言い続けていたからである。
ユキをフミの世界手前に待たせ、優しいボクは、絶望的な元の古巣に戻っていたのだ。優しいボクは、ユキが自分の世界に入ってくる前に、少しでもいい世界に戻したかったのである。
しかし、今まで優しいボクが留守にしていた俺という男の世界の中は、想像以上にひどかった。
回りをよく見るとすべてが凍りついているのだ。
もしも、優しいボクがユキと一緒にこの世界の中に入って来ていたのなら、
ユキは間違いなく、瞬間冷凍のように凍りついてしまったことだろう。
破壊活動していた者達の何人かは、作業の途中で凍りついてしまったようだった。身動き一つせずに、固まっているのである。
時が止まった世界のように、フミの世界にある柱時計も止まっている。辺りは薄暗く、世界の終わりとは、きっとこのような光景なのだろう。
優しいボクは闇の中に戻ると、再びユキを思い浮かべることにした。
しかし、優しいボクが戻った闇の中は、いつもとは違っていた。
優しいボクでさえ、背筋が凍りつくようなものを感じていたからである。
「なんか…コワい。」
優しいボクは、ユキを思い浮かべながらもそう思っていた。
優しいボクはそんな寒さにも負けず、ユキを思い浮かべていたのだ。
しかし、いくら優しいボクが熱を出しても、回りの温度は上がらなかった。
そんなところへ、ユキは待ちきれずに入って来てしまったのだ。
案の定、ユキはフミの世界の中を20メートル進んだ辺りで、完全に凍りついてしまったのである。
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その頃、ユキの世界の中に、ある一人の男が訪れて来ていた。
「あの、ユキさんを探しているんですけど、どこにいるか知ってますか?」
その男は道行く人達に、そう尋ね回っていた。
そして、その男はついにゴー達のいる会場まで辿り着いた。
その男は、回りの情報をから、この世界創作に協力を呼び掛けたゴー達ならユキのことを何か知っていると思ったのだ。
「すいません。ユキさんは今どちらにいますか?」
その男はゴー達に尋ねた。
「どちら様ですか?」
ゴーは言った。
「私は、ユキさんにケガを負わせた者なんですが。」
その男は言った。
「お前がやったのか!」
ニクは怒って言った。
「いえ、私がやったと言うよりも、家内が投げた植木鉢がユキさんに当たってしまいまして…」
その男は言った。
「え??どうしてそうなるんですか?」
ゴーは冷静にその男から事情を聞こうとしているようだった。
「あの時、私達、アパートの二階で夫婦ケンカしてたんです。その時、ウチの家内が私の浮気に対して激怒してまして…、私に色々なものを投げつけてきたんです。
その中の植木鉢が、道路に飛んでいってしまいまして、その時丁度、道を歩いていたユキさんに当たってしまったんです。
私が避けなければ、こんなことにはならなかったんですが…
ホント申し訳ごさいません。
そのことを今日はユキさんに謝りたくて。」
見る限り中年ぐらいのその男は言った。
「あなたの奥さんはどうしたんですか?」
アイは尋ねた。
「ウチの家内は、こっちの世界には来れないので、私が家内の分まで謝りに来た次第なんです。」
「ウチの家内、どうやら、私の浮気に対して、呪ってたみたいんなんですよね。そんな話をある人から聞きまして…まぁそれは関係ない話なんですけど…そのある人に、今ならこっちの世界にユキさんは居るからと言われたんです。」
その男はここに来た理由を弁明しているようだった。
「その人って、もしかして、占い師の格好したおばさんですか?」
アイは言った。
「そうです、そうです。知ってましたか。」
男は言った。
「そうかぁ…。だけどあの娘、今どこに居るんだろうな?」
ゴーは言った。
「じゃ、一緒に探しましょうか?」
事情を知ったニクは、気持ちが変わったらしく、その男に友好的に言うのだった。
「よし!じゃみんなで手分けして探そう!」
ゴーも言った。
「そんな不運も世の中にはあるもんなんだなぁ。」
おじいさんは驚いていたようだった。
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その頃、高次元警察は、数週間前から行方不明の届け出が相次いでいる案件に当たっていた。
そしてすでに、高次元警察はそれらの行方不明者が、フミの世界の中にいるであろう事を掴んでいた。
しかし、高次元警察達は中に入れないでいた。
入れば凍るという情報があったため、どうすればいいか、思案に暮れていたのだ。
もちろん、その行方不明者達と言うのは、破壊活動をしている最中に、フミの世界で凍りついてしまった者達のことである。
高次元警察達は、フミの世界で凍りついているであろう行方不明者達の安否だけを心配していた。
それゆえに、高次元警察はフミの世界手前で、24時間体制で隠れて様子を見ていたのである。
そんな所へ現れて来たのが、優しいボクとユキだった。
高次元警察は、ユキが中に入っていく姿も見ていたし、ユキが凍っていく姿も見ていたのだ。
そのため、高次元警察はユキの世界にも事情を聞きに行っていたのである。
そして高次元警察の事情聴取の話が、ユキの世界全体にあっという間に広まると、そこにいた誰もが、フミの世界手前まで押し寄せて来てしまったのだ。
もちろん、その中には、アイ、ゴー、ニク、おじいさん、そして、ケガを負わせたと言う男もいた。
「は~い、押さないでくださ~い。」
拡張器を持った高次元警察達は、フミの世界手前に黄色いテープを張り、中に入ろうとする者達を抑制していた。
「私の知り合いが中にいるんです!」
アイは近くにいた高次元警察の人に言い寄った。
「中に入ったら、危ないから!ここで待っててください。私達がなんとかしますから。」
その高次元警察の人はアイに言った。
しかし世界の終わりのようなフミの世界手前では、これでもかというぐらいの人で溢れ返っていて、高次元警察も手に負えない状態になっていたのだ。
そして、そこに集まった多くの人達が今か今かと、フミの世界の状況の変化を固唾を呑んで見守っていたのである。
もちろんその中には、何かのバーゲンかと思って来た人達や、ライヴでも始まるのか?と思って待っていた人達もいたことだけは確かであった。
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優しいボクが深い闇の中で、愛する者のことを思い浮かべている最中、ユキはフミの世界の中に入ってきてしまった。
しかし優しいボクが、走り寄ってくるユキに気がついた時には、「あっ」と言う間に、ユキは凍りついてしまったのだ。
優しいボクはそれでも、深い闇の中で熱を発し続けていた。
この世界が温まれば、凍りついたユキも溶けてくれると思ったからだ。
しかし、優しいボクがいくら熱を発しても、一向にフミの世界は温まらなかった。
なかなか成果がでないことに業を煮やした優しいボクは、ついにユキのそばに行って、ユキを温めることにしたのだ。
「ごめんね…」
優しいボクはユキを抱き締めながら言った。
しかし優しいボクが、ユキを抱き締めても、回りの空気が凍てついているため、その行為もなかなか上手くいかないようだった。
それでも、さすがは優しいボクの熱である。
優しいボクに抱き締められ続けたユキは、徐々に溶け始めてきたのだ。
フミの世界手前で見守っていた人達は、その時、あるところを指さして、「あぁ」と言いながら、どよめいていた。
その人達が指した指の先には、フミの世界の深い闇の洞窟から出てきた怪物がいたのだ。
その怪物とは、もちろんフミという男から分裂した、もう一つの魂である。
「冷たい魂」とでもいうべきなのだろうか。
その体は、優しいボクの十倍ぐらいあり、その容姿もフミとは似つかないほど、変わり果てていたのだ。
まさに怪物と言っても、過言ではないのだ。
その怪物が、暗い闇の中から、表に出てきたのである。
「なんだ?あれは!」
フミの世界手前に集まっていた人達は口々に言っていた。
「きっとあれは、フミ君のもう一つの人格なのよ。」
アイは近くにいたゴー達に説明した。
「あいつ、何すんだよ?
おい、こっちに襲ってこないだろうな!」
ニクは驚きながら言った。
「分からないわよ!そんなこと!」
アイも夢中で答えた。
「来たら、逃げましょう。」
おじいさんは冷静に答えていた。
「私、ユキさんに謝れるんでしょうか?」
男は言った。
「謝れるわけないだろ!
彼女、氷ってんだから。」
ゴーは言った。
そしてそんな中、闇の中から出てきた冷たい魂は、ゆっくりと優しいボクの方へと近づいて来るのだった。
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ユキを温めていた優しいボクは、近づいてくる怪物に気がつくと、ユキから少し離れて、怪物と相対して待っていた。
その冷たい怪物は、優しいボクに近づくと、いきなり持ち上げて、放り投げた。
「お前は出ていけ!」
冷たい怪物は優しいボクに言った。
「どうして?ここはボクの世界だよ。」
地面に投げ出された優しいボクは、態勢を整えながら言った。
「ここは俺の世界なんだよ。お前なんか、もういらない。俺が追い出してやる。」
冷たい怪物は言った。
「お前こそ、ボクが追い出してやる。」
優しいボクは、怪物のケンカを買ったようだった。
しかし、結果は分かりきっていた。
戦いにもならない戦いが、しばらく続いたものの、戦い終わったあとの優しいボクの姿を見てみれば分かるように、もうすでに起き上がれないのだ。
そして冷たい怪物によって、優しいボクはフミの世界の外に放り出されてしまったのである。
見守る人達の「きゃ~」という悲鳴と共に、優しいボクは人混みの中に落ちていったのだ。
「大丈夫?フミ君。」
アイは優しいボクに駆け寄って、声を掛けた。
「負けちゃった…」
優しいボクは言った。
「あんな奴に勝てる方がおかしいんだよ。」
ゴーは優しいボクを慰めているようだった。
「あいつがボクの熱を奪ってたんだ。」
優しいボクは言った。
「そりゃそうだろうよ。
あいつ、冷たそうだもんなぁ。」
ゴーは答えた。
「だけど、あの怪物とこの人、同じ人なのよ。」
アイは言った。
「しかし、なんでお前は分裂してんだ??
おかしいだろ!」
ゴーは言った。
「分かんない。ただ…ボクがいつも闇の中にいた時は…あんな奴、見たことなかった。
闇の奥の方から、何か声が聞こえることはあったけど…
あんな奴がいたなんて、ボクも信じられない。」
優しいボクは地面に座ってから、ゴーの疑問に答えた。
「きっと奴は闇の中で力を増していったんじゃろ。それがどこかで弾けて、あんなんになったんじゃないのかね?」
おじいさんは言った。
「何か、人生で深く傷ついたことでもあったのかなぁ?」
ニクは謎でも解きにかかるように言った。
「ボクはぜんぜん分かんない。ボクはそんなに傷ついたことないから。」
優しいボクは言った。
「たぶん、お前の代わりにずっと傷ついてきたのが、あいつなんじゃないのか?」
ゴーは言った。
「きっとそうよ。」
アイも言った。
「そうだとしたら、どうします?」
ニクは言った。
「どうしますって言っても、どうしようもないだろう。あいつが暴れてる以上な。」
ゴーは言った。
「話し合いと言っても、我々が中に入ったら、氷ってしまうんだからなぁ。」
おじいさんは言った。
「あなただけよ!
中に入れるのは。フミ君!
私も何とかしてみるから。」
アイは優しいボクに言った。
「ん~、どうしようかな?」
優しいボクは悩んでいるようだった。
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英気を養った優しいボクは、しばらくして、再びフミの世界の中に入っていった。
ちょうどその頃、病室のベッドの上では、フミがひどくうなされていた。
そして、意識を病室に戻していたアイは、フミを抱き締めていたのだ。
「お願い!フミ君。
私があなたを助けるから!あなたの心の傷も私が受け止めるから!
暴れないで!」
アイは涙ながらに、うなされているフミにそう訴えかけていた。
優しいボクもまた、フミの世界の中で、凍りついているユキを抱き締めていた。
「ごめんね、こんなことになっちゃて。」
そう言って、ユキを温めていたのだ。
そして、そこへまたも近づいてきたのは、冷たい怪物だった。
しかし、冷たい怪物の様子は、さっきとはどこか違っていた。
「なんだ?この感情は?おかしいぞ。」
そう言ってまた、暗い洞窟の中に入り込んでしまったのだ。
しばらくすると、フミの世界は少しづつ、明るくなっていった。
回りの温度も上昇し始め、ついに優しいボクの腕の中で、ユキを覆っていた氷は溶けたのだ。
「あなたは温かいね。」
氷から溶けたユキは、優しいボクにそう言った。
「よかったぁ。元に戻ったんだぁ。」
優しいボクも言った。
そして、回りを見渡せば、破壊活動していた者達も氷から溶けていたのである。
ただその回りだけは、依然として寒かったことだけは確かだった。
フミの世界手前に集まっていた人達も、中の様子を見て、次第に中に入り始めていたようだった。
とくに高次元警察たちは、真っ先にフミの世界の中へ散らばり、行方不明者達を探していたのだ。
フミの世界はとりあえず、元には戻ったのである。
ユキの魂に謝罪しに来た男も、ユキに何か言っているようだ。
優しいボクは古巣の深い闇の中で、
「おぉ~い。」
と叫んだ。
しかし反応はなかった。
「あいつ居るのかな?」
優しいボクはそう思った。
「仲良くいこうよ!」
優しいボクは、闇の中にそう話しかけた。
病室のベッドでうなされていたフミも、アイの姿にようやく気がついたようだった。
「ありがとう。」
フミはアイを見て、そう言うのだった。
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またいつものように、優しいボクは、深まる闇の中で、キミのことを思っている。
キミの思いを感じて、キミに会いに行く。
それは優しいボクにとっては、いつもの日課である。
そして、今日も優しいボクは、飛んでいくのだ。
赤いレッドカーペットを通り抜けて、
いつもと違うことに気がつきながら。