『優しい魂』シリーズ3ページ
『優しい魂』(不定期に掲載)
著者/Kenji Aso 2012年12月からのブログ投稿作品
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俺の心の深い闇の中で、優しいボクは体のあちこちをぶつけながら、キミを思っていた。
しかし、なぜかある日、優しいボクはキミを感じ取れなくなってしまった。
「あれ?キミはどこ?」
優しいボクは闇の中から、キミのそばに飛んでいこうとしたのだが、
キミの居場所が全然掴めないのだ。
優しいボクは、キミが行きそうなところを、くまなく探してみたが、キミの姿は全く見つからなかった。
知り合い達の世界の中にも飛んでいき、そこに集まっている色々な人に声をかけては、キミを見かけたかどうかを尋ね回っていた。
「あぁ、あの娘なら、さっきここに来る途中で見かけたよ。」
という知らないおじさんの情報のもとに、優しいボクはその方角へ飛んでいった。
その付近でも、また何人かのすれ違う人に聞いてみた。
もちろん、優しいボクの言葉が聞こえる人達にしか答えることは出来ないのだが、ある女の子はちゃんと優しいボクに答えてくれた。
「ドンさんという男の人の所にいたよ。」
優しいボクはそれを聞いて、急いでその男の世界へ飛んでいった。
そして、その世界を見回してみれば、確かにキミがポツンとベンチに座って、どこかを眺めていたのだ。
優しいボクはキミのそばまで行って、話しかけてみたが、まるで話が通じない。
「この人が好きになったの?」
「ボクの世界は真っ暗だけど楽しいよ。」
そう言っている優しいボクも、なんだかいつもよりも話が通じていない感じがしたのだ。
それからまもなくして、優しいボクは仕方なく俺の闇の中へと戻ってきたようだった。
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次の日も優しいボクは、キミを感じ取れないまま、ドンという男の世界へ飛んでいった。 キミに会いに行くためである。
しかしその世界の中にキミは居なかった。
優しいボクはその世界の中で、昨日キミが座っていたベンチに座り、しばらくキミを待つことにしたのだ。
その目の前を、通りすぎて行ったのは男達の世間話だった。
「ドンもやるよな。あいつ、俺達の前では好きな男の話ししかしないのに、女が近づいてくるとすぐそっちにいっちゃうんだもんな。」
「カモフラージュのつもりなんだろ、奴にしてみれば。」
「最近も可愛い子が近づいてきたっていうじゃん。」
「またゲットするらしいよ。」
「男にも女にもモテて、羨ましいな。」
優しいボクは、ある男達の世間話から"ドン"という言葉を聞いた途端、その後につき、聞き耳を立てていたのだ。
「可愛い子って…まさかキミのことじゃないよなぁ?」
優しいボクは一瞬ドキッとしてしまった。
「ドンって、前の彼女どうしたんだっけ?」
「あぁあの彼女ね、なんか自分がカモフラージュに利用されてるっていうのがバレたらしくて、最近は彼女、ドンはゲイだとか回りに言いふらしているらしいよ。」
「ドンも大変だな。」
「それだけのことやってんだからいいんじゃねぇの?」
優しいボクはそんな会話を聞きながら、ドンという男の複雑さを知るのである。
「可愛い子というのが、キミじゃなければいいなぁ。」
優しいボクはずっとそう思っていたのだ。
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確かに回りを見渡して見れば、ドンの世界は全体的にピンクっぽく、どこか女っぽかった。
女達の共感を呼びそうな世界である。そしてまた男達まで呼び込みそうな世界でもあった。
優しいボクはその世界にしばらく居たが、キミはついに現れなかったために、俺の心の闇の中に戻ることにした。
「キミの心はどこにあるんだろう?」
今まで感じ取ってきたキミの心を、なぜか優しいボクはまったく感じ取れなくなっているのだ。
救いようのない俺は今日の午後、とある道で、とあるカップルとすれ違った。
ドンという男とユキという知り合いの女のカップルである。
このユキという女性こそ、優しいボクが求めていた"キミ"なのだ。
俺は何も知らない顔をして、通りすぎていた。
もちろん優しいボクは、そのことを知らないのだ。
優しいボクはさっきから、世界中を光よりも早く飛び回っては、キミを探しているのである。
記憶にあるキミの画像を人に見せては
「あの、こんな女性、見かけませんでしたか?」
と、手当たり次第尋ねているのである。
さっきも深まる闇の中から出る時、どこかに思いっきり頭を打ったらしく、今も少しよろけてはいるのだが。
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優しいボクが、深まる闇の中で目を覚ますと、 辺りは少し騒がしかった。
優しいボクが、俺の心の影から表の広場を覗いてみると、何人かの人達が所々で横断幕を掲げているのである。
そこには、
"がんばれ~!優しい男!!" や
"みんなで応援してるぞ~ヤサシイモベ~"
などと
と書かれた横断幕や、
中には、
"I love you"
"I need you"
"私と結婚して~"
などと書かれた
個人的なプラカードが掲げられていたのだ。
優しいボクはそれを見て思わず涙が出てきてしまった。
優しいボクがキミを探し回っている間に、人伝えに応援する人が増えていたのだ。
そうかといって、もう少し辺りを見回せば、
やはり破壊活動をしている者達も所々にいるのだ。
ある女は工事用のドリルを手に、どこかの壁を破壊している。
ある男は、俺を誹謗中傷したビラをまいている。
そんな行為がないように巡回して回っているのが、高次元警察官達なのである。
が、どうも人手が足りていないらしい。
それらの破壊活動グループの表情を見て分かることは、憎しみや嫉妬や怒りで満ちているということだ。
もちろんどの人の世界にも破壊活動をしてくる者達はいる。
しかし俺という男の世界で、破壊活動をしている者達は、どこか熱狂的に破壊しているのだ。
そして広場に集まった人達もまた、熱狂的に応援してくれているのだ。
そこが他の世界とは少し違う所なのである。
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俺という男の世界の中は、基本的にはかなり寒い。
優しいボクの付近で、女子が肌を露出できるのは、優しいボクの熱気によるものなのである。
優しいボクが放っている熱気だけが、その周辺を暖かくしたり、暑くさせたりしているのだ。
そこから離れていくと、だいぶ寒くなってくる。
工事用のドリルで壁を壊している女の格好を見ても分かるのだが、あの辺りになるともうすでに極寒の地帯なのだ。
彼女は完全な防寒着着用のもとに、執念で事に当たっている。
実は彼女も手が凍傷ぎみなのである。それでも、何らかにとりつかれたかのように続けているのだ。
現時点において、彼女を止めている者はいない。
止めようとする者達も寒さにやられてしまうために、止めに入れないケースもあるのだ。
優しいボクは、そんなことなどお構いなしに、キミを探しにまた飛びだっていった。
キミが道に迷っていると言う声が、どこからか聞こえてきたからである。
しかし、道に迷うキミを探してる優しいボクもまた、道に迷っているのである。
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優しいボクはある地点で、キミを見つけた。
それはドンの世界手前の交差地点だった。
キミは、なぜかアイマスクをしてウロウロしているのだ。
優しいボクは、キミがふざけているものと思い、
「ねぇ何してるの?」
と尋ねてみた。
もちろんキミの返事はない。
優しいボクも、キミが何を考えてるのか、感じ取れなかったために、しばらくキミのそばにいることにした。
どこかに行くと言うわけでもなく、ただここでアイマスクをしてオロオロしているキミが危ないと思ったのだ。
「ここでキミは何してるんだろ?」
優しいボクは考えていた。
すると、どこからか占い師の格好をしたおばさんがやってきて、優しいボクに話しかけてきたのだ。
「あんたの声は、この娘には聞こえないよ。
あんた、まだ分からないのかい?あんたの独りよがりもいい加減にしな。」
「この娘はね、ここ最近はずっとここでああして、何も見ないようにしてるんだよ。」
優しいボクには、自分の声がキミに聞こえない理由は分からなかったが、自分が怒られていることだけは察していた。
「どうして?アイマスクなんかしてるの?」
優しいボクが尋ねると、
「この娘はね、好きな男のことを忘れようとしてるんだよ!」
この占い師のおばさんは、なんだか怒っているようだった。
すると今度は、優しい顔をして、キミに話しかけるのだ。
「お嬢ちゃん、こんな所にいてもしょうがないよ。もう今日は帰ったらどうだい?」
するとキミは、
「あっ、占いのおばさん!そこにいたの?」
「いいの、私、まだあの人のこと忘れられないから。」
と話しているのである。
それは優しいボクが、今まで味わったことのない会話のやり取りだった。
「話せるんだぁ…」
優しいボクはそう思っていた。
「忘れようとしてたのかぁ。だからキミの心を感じ取れなかったんだぁ。」
この時初めて、優しいボクは、キミを感じ取れなかった理由を知ったのである。
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「あんた、年はいくつだい?」
占い師のおばさんは、再び怒っているような顔をして、優しいボクに問いかけた。
「ボクの年はよく分からない。」
「あんた、人生終わってるだろ?ワタシにはよ~く見えるよ。」
「ボクはまだ終わってない。」
優しいボクは言い返した。
「あんた、もっとしっかりした方がいいよ。そんなんじゃ、どんな娘にだって薦められないよ。」
「この娘はね、深刻そうな顔して、ウチの所に相談しに来たんだよ。」
「この娘の話を聞きながら、ワタシの水晶玉であんたの人生を見てたのさ。
それがどうだい?あんたの人生ときたら。だから、この娘にあきらめた方がいいって言ってあげたのさ。」
「それでも、あきらめるのが難しいみたいなこと言ってるから、このアイマスクを紹介してあげたのさ。この娘は迷ってたけどね、それでもあきらめたい一心で、高い金出して買ってくれたわけさ。」
「あんたじゃ、この娘は救えないよ。」
その占い師のおばさんの話を聞きながら、優しいボクは頭上を見上げた。大粒の氷でも降ってきたような気がしたからだ。
「さっきおばさんが、ボクの声は、この娘には聞こえないって言ってたけど、ホントなの?」
優しいボクは、気持ちを切り替えて、占い師のおばさんに聞き返した。
「当たり前じゃないか!聞こえてたら、こんなにこの娘が苦しむと思うかい?」
「じゃぁ、ボクの言葉を彼女に伝えてくれる?」
「イヤだね。自分で言いな。」
「どうして?」
「あんたのちっぽけな優しさを伝えたって、この娘は救われないからだよ。」
「どうして?」
「どうして?どうして?って、あんたもしつこいねぇ。いいから、あんたも帰りな。ワタシも忙しいんだからさ。」
占い師のおばさんは、最後にそう言ってどこかに消えてしまった。
優しいボクは、占い師の話を聞いて、だいぶ落ち込んでいたようだった。
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占い師のおばさんがいなくなったあとも、優しいボクはキミのそばにいた。
「どうしてキミにはボクの声が聞こえないの?」
優しいボクは、アイマスクをしてオロオロしているキミに話しかけていた。
優しいボクがキミの顔を見ていると、そのつけているアイマスクの下から、涙が一筋こぼれ落ちてきていた。
「泣いてるの?」
キミはさっきから黙っている。
キミは優しいボクから何かを感じとったのだろうか?それとも何かを思い出していたのだろうか?
優しいボクには、キミのその涙の意味がよく分からなかった。
「なんか寒くない?」
そう言っていたのは、俺の世界の中に来ていたある女子達の声だった。
いつもなら、優しいボクが放っていた熱気は、優しいボクが外に出かけて、自分の世界に戻ってくる頃までは維持されていた。しかし今日はとくに、優しいボクがキミのそばに長く寄り添っていたため、俺の世界内の温度がだいぶ落ちてきていたのだ。
「そろそろ戻らないと。」
優しいボクは、自分の世界のことを思い出し戻ることにした。
キミを思う熱気を放ちながら。
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俺はある日の夜、ビール片手に柿の種をつまみながら、近くにある少し大きな公園のベンチで一杯やっていた。
自分の部屋で飲んでることに、なんだかその日は耐えられなくなったからである。
回りを見渡せば、カップル達やホームレス達などで賑わっていた。
そんな中、俺は三日月の下で、少しいい気分になっていたのだ。
隣のベンチではカップルが抱き合い、もう片方のベンチではホームレスが段ボールにくるまって眠っている。
それはまるで、俺という男の未来が左右に分かれているような光景だった。
もちろん俺はそんなことなど考えていない。
そんなところへ、偶然にも通りかかって来たのはユキだった。
俺はユキに気づいたが、彼女の方は俺には気づいていないようだった。
ユキは一人だった。
なぜかアイマスクをおでこ辺りに上げ、彼女はスッキリしたような表情でさっそうと俺の前を横切っていったのだ。
「ネットカフェにでも行ってたのか?」
俺はそう思った。
「こんな時間に一人でいて、またトラブらなければいいけどな。」
俺はまた、そうも思っていた。
数年前、俺は一度あの娘を助けたことがある。
家庭内のトラブルで家出していたあの娘が男女グループに絡まれていた所を、俺がそこから連れ出してあげたのだ。
助けたといっても、それだけなのだ。
あれ以来、俺は街の中で時々彼女を見かけるようになっていた。
もちろん、俺はと言えば、年々男女のトラブルが激化したことによって、人生が崩れ始めているわけなのだが。
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俺という男の世界の中で、よく起きてしまう問題の一つに、魂同士のケンカがある。
そして、そのケンカがまた起きてしまったのである。
それは優しいボクがキミのところから戻ってきた頃だった。
ある男が俺の世界に立っていたある建築物を、ショベルカーに乗って壊していたのだが、その破片が、優しいボクを応援していた男女に当たってしまったのだ。
こんなことはしょっちゅうあることなのだが、この日は特別、ちょうど俺の世界の気温が全体的に下がり始めていたこともあり、応援していた人達のストレスも溜まっていたのだ。
「おい、ちょっとこっち来いよ。」
何らかの破片が当たった男が、当てた男に言い寄ると、
「ケンカならリングの中でやりなよ!」
と、すかさずそれを見ていたある女子が言うのだ。
この世界の中では、もうすでに回りに迷惑がかからないようにと、特設リング場が出来上がっていたのだ。
"ファイトクラブ"の始まりである。
「おーぃ、バトルが始まったぞぉ!!」
そんな掛け声が四方八方に飛び火すると、あっという間にリング場の回りには多くの人だかりが出来上がった。
完全な防寒着着用の男も、さすがに防寒着を脱ぎ捨て半裸になって、グローブをはめて戦う。
この男が原因で起きたケンカなのだが、謝りもせずに挑むのである。
時には破壊活動している者が勝つこともある。
どう考えても、破壊活動してる者の方が悪いのであるが、勝ってしまうこともあるのだ。
この世の不条理である。
被害を被った上に、バトルに負ける悔しさは、人の想像を越えている。
それゆえに、応援する側はもしもの時のためにと、秘密裏に鍛えていたりしているのだ。
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もちろん女対女のバトルや、男対女のバトルの時もある。
しかし男対女のバトルは見れたものじゃない。
女はまともに戦って勝てるわけがないことを知っているため、戦う前から色々と小細工をしておくのである。
その卑劣さと言えば、言葉も出てこない。
予想だにできない戦いの流れに、男が負けることもよくあるのだ。
それゆえに男は、女とバトルを行う時には、いつも以上に身構えていたりする。
上から落下物は落ちてこないか、横から何かが飛んでこないか、
そんな男の仕草もまた何かにとりつかれたかのような動き方をしているのである。
ある時は、何もないなと安心していた男が、試合中、水を吸水したら、その水の中に何かを混入されていたらしく、「トイレ!トイレ!!」とわめきながらも試合にならなかったこともあるのだ。
そんなこともあったため、女がらみのバトルは、
現在ではマニアしか観戦していない。
今回のバトルは、どうなることやら。
それよりも今は、優しいボクに注目していたい。