『優しい魂』シリーズ
『優しい魂』(不定期に掲載)
著者/Kenji Aso 2012年12月からのブログ投稿作品
1
「さてさて、キミの不安は何かなぁ~?」
俺の中にいる、優しい僕がキミの心のそばまで行って、聞いている。
すでにキミのすぐそば。
そして時空をダッシュで帰ってきた優しい僕は、またすぐに俺の心の影に隠れてしまう。
優しい僕は恥ずかしがり屋なのだ。
そして俺はまた自分の信念を鬼のように語り始めた。
2
優しいボクが俺の心の闇の中で、また意味不明な踊りを始めている。
何かいいことでもあったのか。
「嫉妬は禁物だよ。」
さっきまで闇の中で踊っていた優しいボクは、
光より早くキミの不安のそばに行って、そう呟いた。
「もっと楽しい所に行こう。ボクについてきて。」
優しいボクは、キミを誘ったみたいだけど、
俺の闇の中で、黙っている様子を見ると、
どうやらキミはついてこなかったらしい。
優しいボクは意外と傷つきやすいのだ。
早くももう
眠ってしまったようだ。
物音一つしない冷たい俺の闇の中で。
3
「キミって誰のこと?」
そんな質問が優しいボク宛に届いてきたのは、俺がちょうどビールを飲んでふらついている時だった。
優しいボクは
その手紙の質問に答えようとするかのように、俺の心の闇の中から表に出て来た。
「キミはキミだよ。」
すると
「私が"キミ"よ!いや、"キミ"はあたしよ!」
と言い合う人達で
辺りは次第に騒然としてきてしまった。
それを見た優しいボクは 辺りのもめ事を解決しようとしたのか、
「ボクが昨日、キミのそばまで行って、話しかけたんだから分かるでしょ。」と説明していた。
そんな答え方しかしないまま優しいボクはまた、
俺の心の闇の中へ隠れてしまった。
こう見えて優しいボクは、意外と優柔不断なのだ。
俺はそんなことを知るよしもなく、酒を飲んでは、タバコを吹かし、ふらついた足取りで、星空を眺めながらぼやいているのである。
4
そう、すでに優しいボクの回りでは、キミと名乗る人達の魂でごった返しているのだ。
シンデレラが落としたガラスの靴のように、
どの女性が"キミ"と当てはまるのか。
回りでは、そんな話がささやかれているようだった。
優しいボクは今、俺の心の闇の中でピアノを弾いている。
まるで辺りのざわめきを静めているかのように、
やけに優しい音色で奏でている。
今日はどうやら、もう外には出ないらしい。
俺はまだ北風に吹かれながら、星空に向かってぼやいているのだが。
5
闇の中からピアノの音が鳴りやんだ頃には、
もう辺りには誰もいなかった。
ピアノの音色とともに静まっていった人の魂も、ついには眠たくなってきたということもあり、ようやくそれぞれの気持ちの元に戻っていったようだった。
そんな中、優しいボクは何かを思ったのだろう。
またいつものように、
キミの心めがけて
飛んでいったのだ。
もちろん、光よりも早く。
「大丈夫だよ、キミの気持ちは分かってるから。」
眠っているキミのそばで、優しいボクはそうささやいている。
きっとキミは何も知らないはずだ。
優しいボクは、それだけを伝えたかったのか、
あっという間に戻って来ては
俺の心の闇の中に消えてしまった。
6
次の日、俺が目を覚ますと、すでに太陽は世界全体を照らしていた。
太陽の陽射しは、惨めな俺をやたらと照らし続けながらも、俺の心の闇の中までは届いて来ない。
そんな冷たい闇の中で、優しいボクは今日も、キミのことを思っているのである。
辺りでは再び人の魂のざわめきが始まり、
なんだか人の様子も違っている。
集まってきた女子の何人かがやけに肌を露出しているのだ。
これには優しいボクも
目が点になってしまった。
俺の心の影から辺りを覗き込んでいた優しいボクは、しばらくの間、その光景に見とれていたようだった。
ついに女達の誘惑が始まってしまったのである。
優しいボクを求めていたキミも、途中で怒って帰ってしまったようだった。
優しいボクが我に返った時には、すでに遅く
またいつものように、
優しいボクはキミを追いかけ飛んでいくのである。
光よりも早く。
7
優しいボクがキミに追いついた時には、
キミはすでに元の気持ちに戻っていた。
確かにキミを見てると、なぜか怒っているのである。
優しいボクがいくらキミのそばで話かけても聞く耳を持っていないようなのだ。
それを知りながらも、優しいボクはキミの心のそばで話しかけた。
「ボクはキミだけを見てるよ。」
「ボクは浮気もしないよ。」
怒っているキミに、その声が聞こえたかは分からない。
優しいボクは少し寂しそうな顔をしながら、
俺の心の闇の中に戻ってきた。
俺はと言えば、その頃ゆだれを垂らしながら、アダルトビデオを見ていたのだが。
優しいボクだけは少し元気なく、俺の心の闇の中でキミを思っていたようだった。
8
「また雪が降ってきた。」
俺には全然見えていないけれど、優しいボクには見えているらしい。
集まってきた人達の魂は、夜空の奥深くから落ちてくる白く柔らかな雪に手を伸ばして、楽しんでいるようだった。
キミもどうやらあれからすぐ機嫌を直して遊びに来てくれたようだ。
優しいボクはそれを見てきっと喜んだのだろう。
俺の心の闇の中から突然飛び出すと、みんながいる所まで走りよって、雪を投げたりしながら無邪気にはしゃいでいるのである。
それは優しいボクの性質からして、ありえない光景なのだ。
そしていつしかキミの姿が見えなくなり、一時の恋の歓喜が去った時、優しいボクの顔には、
普段やらないことをやってしまったような、
あのぐったりしたような表情が浮かんでいたのだった。
「またキミが来てくれればいいな。」
疲れた顔をしながらも、優しいボクはそうつぶやきながら、俺の心の闇の中へ入っていくのだった。
9
優しいボクの言葉は、実際には、何一つキミに聞こえていない。
優しいボクはその事を知らないでいるのだ。
キミが眠っている時にも、キミが怒ってる時にも、実際にはキミが何をしている時でも、優しいボクの言葉はどんなにキミに話かけても届くことはないのだ。
それでも世の中は広く
中には優しいボクの言葉を聞くことが出来る人達もいる。
しかし優しいボクが恋をしていたのは、言葉が届くことのない女性だった。
もちろん優しいボクは、自分の思いはキミに届くと今でも信じている。
キミが優しいボクの近くまで来ていたのは、優しいボクの言葉が聞こえていたからではなかった。
キミが俺という人間に興味を持っていたために、優しいボクはキミの姿を時々近くで見かけていたのだ。
そんなことなど知るよしもなく、優しいボクは今日も、キミの心のそばへと飛んでいくのである。